山中伸弥教授に聞く—iPS細胞研究の今、そしてこれから
山中伸弥教授に聞く—
iPS細胞研究の今、そしてこれから
目覚ましい研究成果が日々報道され、実用化への期待は高まる一方だ。
iPS細胞を用いた医療や薬が、心待ちにしている多くの人に届く日は近いのか。
この先、どんな課題が立ちはだかっているのか。
生みの親である山中伸弥教授にお話をうかがった。
マウスのiPS細胞作製の成功を発表してから16年、振り返れば、当初は想像しなかったようなスピードで研究が進んできたという印象があります。現在では、多数のプロジェクトが、患者さんにご協力いただく臨床試験の段階に至り、iPS細胞による新しい医療の実現が少しずつ現実味を帯びてきました。ここまで順調に歩んでこられたことは実に喜ばしく、多くの研究者や企業、それを取り巻く方々の努力に敬意を表したいという思いです。
とはいえ、臨床試験はこれからが本番です。私の趣味であるマラソンにたとえると、ようやく中間地点を過ぎ、後半に差し掛かったところ。まだまだ気を引き締めて臨まなければいけないと、強く感じています。
新しい治療法を早く多くの患者さんに届けたい。その目標達成に向けて、確かな前進をもたらしたことの一つがiPS細胞のストックです。
iPS細胞をつかった応用研究としては「再生医療」と「創薬」の二つに大きく分けられ、そのうち再生医療は、新しく元気な細胞を作り、それを移植して損なわれた機能の再生を図るというものです。
再生医療では、患者さんご本人の細胞からiPS細胞を作り、その方の治療に使うのが理想ではあるのですが、細胞の準備に1年近くを要し、数千万円という高額な費用がかかってしまい現実的とは言えません。
そこで、私たちは、健康なボランティアの方にご協力いただき、あらかじめiPS細胞を作ってストックしておこうというプロジェクトを進めてきました。他の人に移植しても拒絶反応が起こりにくい、特殊な免疫をお持ちの方が数百人から数千人に1人の割合でおられるのです。その方々の皮膚や血液の細胞から作った高品質なiPS細胞を冷凍保存し、必要に応じて研究機関等に提供するということを既に実践しています。
現在、4種類の免疫タイプのiPS細胞を保存しており、それによって日本人の約40%の方に対応できるまでになりました。
iPS細胞はどんな細胞にも分化することができ、しかもほぼ無限に増やすことができる。そういった特徴から、多くの研究機関で、あらゆる病気を対象とする創薬研究が進められています。例えば新型コロナウイルスの感染を抑える薬を探す上でも効果的です。
iPS細胞から肺や心臓の細胞を大量に作ってコロナ感染の実験に使うこともできますし、少し工夫することでiPS細胞のまま分化させず実験ツールとして役立てることも可能です。実際、新型コロナウイルスに感染し、回復した方の細胞からiPS細胞を作ることで、なぜ人によって重症化したりしなかったりするのかを知るヒントを得ることもできます。新型コロナウイルスは今後も猛威をふるう可能性がありますし、別のウイルスが世界を襲うかも知れません。そういう時に貢献できる準備が整いつつあります。
このように研究は進んできましたが、iPS細胞自体について、また私たちの体についても、実はまだ分からないことだらけです。病気の原因を根本から明らかにするためにも、生命科学という大きな視野を持って、じっくり基礎研究に取り組んでいく必要があります。
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は、この春、創立12年を迎えます。当初からすると規模も大きくなりました。2020年4月には、CiRAから分離するかたちで公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団(iPS財団)を設立。CiRAと役割を分担し、二人三脚で取り組んでいくことになりました。
iPS財団の主な仕事は、上記で説明をしましたiPS細胞のストック事業や、医療用iPS細胞の製造や品質評価などの技術を企業に橋渡しすることです。医学研究の場合、連携する製薬企業が開発に取り組んで初めて社会に成果を還元することができるのですが、大学と企業の間には明らかにギャップがあります。様々な問題を乗り越えられないために生じるギャップは「死の谷」と呼ばれ、歴史を振り返ると、大学で生まれた研究の成果が「死の谷」に落ちてしまって企業まで届かなかったというケースが多く見られます。日本で「死の谷」を越えられず、アメリカなどで製品化することもあります。それを逆輸入すると、何千万円、何億円という高額医療になってしまい、多くの方に良心的な価格で届けることは到底叶いません。
iPS細胞という日本で生まれた研究成果を日本の企業に連携しようと、これまで10年にわたりCiRAで橋渡し活動を行ってきましたが、そこにはそもそも無理がありました。
一つには、大学では、橋渡しの重要な任務を担う研究支援者に有期雇用という不安定な立場で頑張っていただくしかなかったのです。また、大学の研究者は、細胞の製造や品質評価を行っても論文にはならず、評価されないという問題も深刻でした。
iPS財団が誕生したことで、100人近くのスタッフを正規職員として雇用することができ、CiRAの研究者は本来の研究に専念できるようになりました。そして何より、企業と強力に連携を図り、情報を共有しながら一緒に「死の谷」を越えていくための体制を充実させることができました。
iPS財団の設立にあたっては、皆さまからの寄付金を活用させていただきました。研究へのご理解と温かいご支援に心から感謝しています。
研究費のことを申しますと、iPS細胞の研究については国から多大な支援をいただいています。ところが次世代を見据えた基礎研究や企業と連携して患者さんに届けるというプロセスには国の研究費が十分ではないこともあります。開発から製品化に至るには何百億円というコストがかかるにもかかわらず、国からの支援はなく、企業もまだそこまでは出せない。iPS細胞の研究は、今まさにそういう段階にあります。
アメリカの研究開発では、ベンチャー企業を中心とした投資によって成功例を次々に生み出しています。しかし、結果として、医薬品の価格が高騰してしまうという弊害もあります。一日も早くという思いは私たちと同じでも、医療費が高額となれば、医学という性質上、正しい姿とは思えません。
多くの皆さまに手が届く価格で新しい治療の恩恵を享受していただくためには、もちろん投資も一つの方法ではありますが、ご自身を含む社会にリターンが反映される寄付という形でのご支援をお願いしたいと思うのです。
私たちの研究は皆さまからの支えによって成り立っています。ですから、研究の進展について、正しく、分かりやすく、お伝えすることが義務だと思っています。情報をきちんと提示し、透明性を高めながら、iPS細胞を使った医療を皆様にお届けできる日を目指して、今後とも全力を尽くしていく所存です。
※インタビューは2022年1月号の「てんとう虫」に掲載された内容です。
山中伸弥(やまなか しんや)
1962年大阪府に生まれる。1987年神戸大学医学部卒業。1993年大阪市立大学大学院博士課程修了。米国グラッドストーン研究所、奈良先端科学技術大学院大学などを経て、2004年に京都大学再生医科学研究所教授、2010年京都大学iPS細胞研究所所長、2022年京都大学iPS細胞研究所名誉所長。2006年、マウスの皮膚細胞から人工多能性幹(iPS)細胞作製成功。2007年にはヒトの皮膚細胞からiPS細胞を作り出すことに成功。2010年文化功労者に顕彰、2012年文化勲章受章、ジョン・ガードン博士とノーベル生理学・医学賞を共同受賞。2020年4月より公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団理事長を兼務。
永久不滅ポイント・UCポイントによる交換またはカードのご利用で寄付いただけます。
※お申し込みいただいたポイント相当額を「iPS細胞研究基金」に寄付いたします。
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アイテムNO. 889
※毎年10月1日~11月30日までUCポイントによる
寄付(交換)は受付対象外期間となります。
※お申し込みの際には、寄付目的に「プロジェクト支援基金のため」、支援先に「iPS細胞研究基金」をお選びください。
※寄付金額は1,000円以上からとなります。
※通常3週間程度のお時間を要しますので、ご了承ください。