SAISON express

取材こぼれ話

ヴェネツィアの風物詩を支える木彫アート
ゴンドラの櫓掛け「フォルコラ」

水の都ヴェネツィアの風景にしっとりと情緒を添える手漕ぎ船ゴンドラ。全盛期には1万艇が活躍し、現在も主に観光用として約400艇が運河を行き交う。かつてカラフルで華やかだったという船体は、17世紀、消費抑制を目的とした「倹約令」によって黒に統一。今もその伝統を受け継ぎ、艶やかな黒で塗装されているが、船首や内部の豪華な装飾はまるで芸術品のよう。製造には特定の木材数種類が使われ、各部分ごとに熟練の職人が腕をふるうこと数ヵ月。一般的なゴンドラで38,000ユーロ以上と高額なのは、職人の手仕事がそれだけ高度な技を要するということだ。中でも造形の美しさに目を奪われるのが、櫓を漕ぐときに支点となる木製の道具「フォルコラ」（オールロック）だ。前に進む、戻る、止まる、旋回するといった様々な動きをサポートするよう緻密にデザインされ、一人ひとりの体格や漕ぎ方の個性に合わせて特注されるため、二つとして同じものはないらしい。ゴンドラの船頭ゴンドリエーリは、船漕ぎの魂といわれるフォルコラに櫓を乗せてゴンドラを操り、船からフォルコラを抜き取って持ち帰ってはメンテナンスしながら大切に使うのだという。ちなみにゴンドリエーリは長きにわたって厳しい世襲制だったが、近年、門戸が広がり、2009年に初の女性ゴンドリエーリ（ゴンドリエーラ）が誕生した。

取材こぼれ話

ヴェネツィア名物の立ち飲み居酒屋
「バカリ」巡り

夜ごと地元の人々で賑わうバカリ（バカロの複数形）巡りは、ヴェネツィアの旅の楽しみの一つだ。チケットと呼ばれる様々なつまみ料理が、入口近くのカウンター上にずらりと並んでいるのが定番スタイル。スタンディング形式で一口サイズの料理と地ワインを味わい、顔見知りとおしゃべりに興じるのがこの町の伝統なのだ。バカロは小さな路地のあちこちに点在し、地元民は馴染みの店をいくつか持っている。一ヵ所に長居するのは無粋とされ、1、2杯を飲み終えたら次の店に移動するのがヴェネツィア流。チケットは、一口大のパンの上にアンチョビやゆで卵、具入りのフリッタータ（オムレツ）などが載ったカナッペ風、バッカラ（干しダラ）を揚げたフリット、エビやイワシのマリネなどバリエーション豊かで目移りしてしまうほど。せっかくだから何軒かを梯子して各店の自慢を賞味したい。現存する最古のバカロ、リアルト橋近くのカンティーナ・ド・モーリは1462年創業。店名は、「二人のムーア人」を意味する。ほの暗い店内、その昔、井戸水を汲むのに使われた銅製の桶がいくつも天井にぶら下がり、独特の雰囲気が漂う。クロスティーニ（小さなパン料理）やコロッケ類が美味と評判。

取材こぼれ話

ヘミングウェイが愛した
正統派バー&レストラン「ハリーズ・バー」

大運河に面した船着き場前、こぢんまりした入口、店内は広々としたハリーズ・バーは、ヴェネツィアを代表するバー&レストランで、世界一有名なバーの一つ。ホテルのバーテンダーだった創業者ジュゼッペ・チプリアーニが、ホテル代と帰途の船賃に困っていた常連の若いアメリカ人、ハリーに1万リラを貸したところ、後に大きく上乗せした額が返済された。ジュゼッペはその資金をもとに、彼の名前を冠したバーを開く。1931年のことだ。以来、多くの文化人が訪れているが、中でも、1949～50年、ヴェネツィアに滞在した文豪アーネスト・ヘミングウェイは、ジュゼッペがトルチェッロ島に所有するホテル「ロガンダ・チプリアーニ」に宿泊し、この店に足繁く通った。ヘミングウェイが好んで座った席には、今も「ハリーズ・バー評議員専用席」というプレートが掲げられている。ジュゼッペが生んだ名作として知られるのが、カクテルの定番「ベリーニ」。ヴェネト州特産のスパークリングワインを白桃のジュースで割った爽やかな甘さが好評だ。また、今やイタリアンのスタンダードとなっている「カルパッチョ」もこの店が発祥。ジュゼッペが親しい伯爵夫人のために、生の牛肉をスライスして軽やかに仕上げ、ヴェネツィアを代表する画家の名前を付けたのが始まりだという。フォーマルな食事なら2階、1階は比較的気軽に楽しめるラウンジスタイルだが、ともにドレスコードがあるので要注意。